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今回は佐野史郎さんについて調べました!

佐野さんの実家や現在の奥さんや子供さんについてもご紹介します。

 

佐野史郎とは?

佐野 史郎(さの しろう、1955年3月4日 – )は、日本の俳優、映画監督。島根県松江市出身。趣味はエレキギター。

個性的な俳優として有名な佐野さん。

俳優だけではなく映画監督をしているんですね~!

趣味がエレキギターなのは意外かも?笑

 

人物

佐野さんの人物エピソードです。

生まれ育った松江時代に、小泉八雲の怪談話に強く関心を持つようになった。それ以来八雲に関する本の執筆やトークショー・テレビ番組出演、一人娘に「八雲」と名づけるほどの八雲ファンである。

怪談話が好きで娘に「八雲」・・・。

やくもちゃん、響きはとてもかわいいですね♪

なぜそれほど小泉八雲の怪談話が好きになったんでしょうね?笑

また妖怪を通じて漫画家の水木しげるや、その水木の弟子を自称する京極夏彦らと交流があり、2005年公開の映画『妖怪大戦争』では水木・京極と共演した。妖怪以外にもゴジラ、ドラキュラの他、クトゥルフ神話などのゴシックホラーファンとしても有名である。

佐野さんの奇妙な感じと妖怪系の映画はピッタリでしたね!笑

妖怪以外にもホラー物が好きなんですね~。

佐野さんの家には妖怪の人形とかありそう・・・。

「ゴジラに出演して欲しい俳優」のアンケートで1位になったことや、ゴジラシリーズ(『ゴジラ2000 ミレニアム』など)の出演経験もある。 本人曰く、「平田昭彦さんの演じたような博士をぜひ演じたい!」「クレージーキャッツとゴジラは永遠に僕のヒーローです」。

ゴジラは日本で愛される特撮アニメですよね~。

ゴジラが好きと公言している佐野さんには嬉しいことだと思います。

極度のラヴクラフティアン(作家 H・P・ラヴクラフト愛好家)としては、1992年にTBSの番組『ギミア・ぶれいく』にて「インスマスを覆う影」に主演したことがある。その際に劇中に出てきた架空の魔道書『ネクロノミコン』は佐野が自作した物を撮影に使ったとされる。

魔道書を自作!!凄いですね~。

本当に効果がありそうです。笑

趣味はスキューバダイビング。またロックミュージックやニューミュージックに精通し、「タイムスリップ」、「Sanch」などのロックバンドを組んだり、「はっぴいえんど」研究も行っている。松任谷由実のデビュー当時からの古参ファンで、上京後には渋谷ジャンジャンなどの各コンサート会場へ出掛けるなど、ユーミンの追っかけをしていたという。「ユーミンに当時の話をしたところ嫌がられた(笑)」と雑誌『レコードマップ』のインタビュー等で話している。ビートルズも学生時代からのファンだったそう。 Sanchとしては、2005年のフジ・ロック・フェスティバルへ出演している。BOWWOWの山本恭司とは高校の同級生にあたり、当時から親交があった。高校時は「題名のないバンド」というバンドを組んでいた。

スキューバダイビングにギターが好きということは、

結構アクティブなんでしょうか?

フジロックフェスティバルにも出演していたんですね~。

ブレイクする以前には『さんまのまんま』のセット準備のバイトをしたことがある、と本人が番組に出演した際に語っている。また、『夢みるように眠りたい』でヴェネツィア映画祭に招待され、帰国した翌日に同番組のセット設営の仕事が入っており、セットを組みながら「俺、一体何やっているんだろう?」と疑問に思ったこともあったという。

佐野さんといえば今や大御所の俳優さんのイメージですが・・・。

さんまのまんまのセットをしていたのは驚きです。

誰にでも下積み時代があるということでしょうか?

 

経歴

佐野さんの経歴です。

1975年、劇団「シェイクスピア・シアター」に創設メンバーとして参加。1980年、唐十郎主宰の「状況劇場」に移り、1984年まで在籍。1986年に林海象監督の一般公開デビュー作となる『夢みるように眠りたい』の主役で映画に初主演した。

佐野さんは長い間劇団で頑張っていたんですね~。

初主演の時はきっととっても嬉しかったでしょう。

1992年、『ずっとあなたが好きだった』の桂田冬彦(冬彦さん)を演じたことで広く知られるようになり、「冬彦さん=マザコン」となるほどのブームを生んだ。

冬彦さんはとにかく強烈でしたよね~。笑

佐野さんの演技力が世に認められたドラマだったと思います。

今見ても冬彦さんはヤバい・・・。

冬彦さんの影響から、「知的ながらもどこか狂気を宿した演技」での起用が多いが、正統派演技からコミカルな演技まで幅広くこなす。

怪しい役が多いイメージもありますが、

佐野さんのコミカルな演技も素敵ですよね~。

どこにでもいそうな面白いおじさん、がうまく表現されています。

『世にも奇妙な物語』シリーズには初期の頃から出演しており、実質準レギュラー的存在である。

佐野さんといえば世にも奇妙な物語!!

見てみると佐野さんの出演率が高くてびっくりします。笑

1995年からは竹内銃一郎と隔年活動の演劇ユニット「JIS企画」を組んで、本多劇場をメインとして活動していたが2004年から活動を休止している。

せっかくの劇団ユニット、また復活してほしいですね~。

佐野さんの舞台もとっても面白そうです^^

 

実家が病院!?

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佐野さんの実家情報です。

佐野史郎さんは、島根県松江市出身で、ご実家はどうやら、開業医だそうです。佐野内科循環器医院という名前で、現在は弟が後を継いでいるそうですよ。

実は代々続く医師家系だったんですね。エリート・おぼっちゃま家系ですかぁ!どうりで冬彦さんの役が似合うと思いました(笑)

開業医で代々続く医師家系・・・。

お金持ちお坊ちゃま!?

演技派な佐野さんのイメージとは違ったのでびっくりしましたが、

佐野さんの知的な部分は家の環境からきていたんでしょうね~。

 

現在の嫁

佐野さんの奥さんについてご紹介します。

石川 真希(いしかわ まき、1959年12月25日 – )は、日本の女優。東京都出身。アベベネクスト所属。

身長160cm、血液型はB型。

綺麗な方ですね~。

女優をやっていて現在もたまにドラマなどに出演したり、

夫婦で共演したりしているそうです。

 

佐野さんと石川さんの間には娘さんが一人います。

2人は31年前の1986年に結婚しているのです。2人の間には、娘さんがいて、お名前は佐野八雲さん。八雲って名前の由来は、佐野史郎さんが好きな作家・小泉八雲の大ファンということで娘の名前にしたらしい・・・・

やはり小泉八雲から名前を付けていたんですね~。

芸能活動などはしていませんが、

現在25、6歳なので佐野さんがおじいちゃんになる日も近いかもしれません^^

 

大学は?

娘さんの大学を調べたのですが、情報がありませんでした~;;

なので佐野さんの大学についてご紹介します♪

 

中村宏油彩画工房(偏差値なし)に通っていたそうです。

美術学校に行っていたんですね~。

本当は武蔵野美術大学を目指していたそうですが、

大学受験に失敗してしまったため、

中村宏油彩画工房にしたそうです。

 

美術の道を最初は選んでいた佐野さんですが、

途中で劇団に入ることになり、

俳優の道を選んだそうです。

 

今となっては俳優の佐野さんが活躍しているところを見ると、

とてもよかったなと思います^^

これからも頑張ってほしいですね♪

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